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小ネタですが。π の2乗が [m/s²] で測った重力加速度 g の値に近いことに気づいているだろうか。 これは単なる偶然ではない(!)らしい。 どういうことかというと、 メートルという長さの単位が導入される際の歴史的な経緯と関係があるのである。 Why does the meter beat the second? という論文に詳しい説明があるのでそれを参照してください。 簡単に言えば、メートルの定義が導入される頃、 普遍的な長さの単位として、 1秒を刻む振り子(周期が2秒、seconds pendulum と呼ばれる) の長さを採用するという案がかなり真剣に検討されていたのだ。 しかし、結局地球の子午線の 1/4 を基準とするという案が了承される。 その1000万分の1が1メートルである。 地球を基準にするのは普遍で自然な選択であるにしても、 半径を基準にしてもよかったし、 地球の周長の360分の1であってもよかったはずである。 しかし、実際は子午線の 4000万分の1 を選ぶことによって、 seconds pendulum の長さに極めて近い長さを基準にすることになったのである。 (この長さが seconds pendulum の長さに近いことは当時良く知られていた。) つまり、心理的に(?)2つのチョイスが大きな違いを生じないようにしたということらしい。 なんかおもしろいね。

昨年の R1 の大学受験に引き続き、今年は R2 の高校受験があった。 小学校、中学校とあまり勉強してこなかった R2 だが、 8月に部活を引退してからは勉強に集中し、(多少残念な部分もあったのだが) 見事志望校に合格した。秋からの半年はすごく頑張ったと思う。 もう入学式も終り、新入生の合宿にも行ってきた。 R2 はもともと感情がわかりやすいタイプだが、明らかに毎日が楽しそうである。 新しい友達、新しい部活(といってもまた吹奏楽部らしいが)、 新しい勉強といろいろなことに期待でいっぱいの R2 を見ているのは、 私にとっても実にうれしい。 受験勉強を頑張り切り、志望校に合格できたのは自信にもなったのだろう。
R2 も高校生となったということは、 あと3年で家を出る可能性が増したということでもある。 そうなると妻と二人だけになり、随分寂しくなりそうだ。

「胡桃沢梅」論
(無名な背景イジメを除いて) 基本的に「君に届け」の登場人物はいい人ばかりである。 それはくるみちゃんも例外ではない。 しかし、自覚的に策略(下心)を持って行動するという点でくるみちゃんは特異なキャラクターである。 そして「君に届け」の中で、唯一悲劇的な登場人物でもある。
くるみちゃんの悲劇は、風早が決して自分を好きにはならない、 と自覚している点にある。これは最終的で決定的な事実なのだ。 それを自覚しつつも風早が好きで、それゆえに「努力」している。 そしてその「努力」自体、 風早が嫌いなことだということも自覚しているのである。
おそらくは、くるみちゃんも中学時代はそんなタイプではなかったのだろう。 しかし、友達が自分を利用したり、陰口をたたいているのを知って、 彼女は変わってしまった。そこに爽子との決定的な違いがある。 爽子もまた、長い間、周囲から無視されたり避けられたりしてきたが、 彼女は変わらずピュアなままでいる。くるみちゃんにとって、 爽子は(そうあれたかも知れない)「もう一人の自分」なのだ。しかし、 くるみちゃんが爽子になるチャンスは永遠に失われてしまった。
くるみちゃんと爽子の対照は印象的だ。 くるみちゃんは明るく社交的で柔らかく、ふわふわなフランス人形だが、 爽子は暗く陰気で固く、呪いの噂がつきまとっているお菊人形だ。しかし、 外見と内面は大きく違っていた。くるみちゃんは次々に策略を繰り出す。 でもそれは「超正攻法」の爽子には通じない。 そして風早自体がくるみちゃんの計算を狂わせる。
くるみちゃんにとって、唯一の救いは、風早にちゃんと告白することができた、 ということだ。これはくるみちゃんにとって誇りであり、 「爽子ちゃん以外はみんな一緒」の、 その他の意地悪モッブ女子と自分との間の微妙な相違点である。しかし、 それは爽子がいたからこそ出来たことだった。
くるみちゃんは、ちょうど風早がそうであるように、 爽子が自分の目でまっすぐ自分を見てくれることに気づいたはずだ。 そして、そういう人は(風早のように)とても大切なはずなのだ。 だけどくるみちゃんと爽子は友達になることはできない。
くるみちゃんが爽子のことを「ライバル」と呼ぶのはどういう意味だろう。 得恋という意味ではくるみちゃんはその時点ですでに終わっているのに。 「鈍感」な爽子には分からなくても、 いつも風早を見ていたくるみちゃんにとっては「バレバレ」の明白な事柄、 それは、風早が爽子を好きだということだ。勝負は初めからついている。 しかし、くるみちゃんにとって、 自分が「ヘタレ」の爽子に負けたと認めることは出来ない。 「ライバル」発言は、くるみちゃんのプライドの表明であるとともに、 爽子に対する挑発でもある。くるみちゃんのただ一つの出口は、 爽子が「ヘタレ」でなくなること。 自分に負けを納得させる相手になることである。だがそれは結局、 爽子にちゃんと告白させることを促すことになってしまう。爽子の告白が、 自分の敗北をはっきりとさせてしまうのを知っていても。

R1 君の入試は(なぜか)成功裏に終り、志望校に合格して、 既に東京での新生活が始まった。親として嬉しくないわけではないのだが、 合格発表直後に起った東日本大震災で関東に住む親戚のことを心配したり、 原発事故の推移を見守ったり、いろいろ考えたり、 心を痛めたりしているうちに自粛モードになり、 お祝いもろくにしないまま引越しとなってしまった。 さらには入学式も取り止め (というか、大幅に規模を縮小) になり、 R1 だけでなく、 東京に住む義妹と一緒に出席するのを楽しみにしていた妻も、 だめになって可哀想な気がする。で、 ここで R1 の「秘話」を披露しつつ、地味に盛り上って、 祝ってやりたい。
今だから明かすR1君の受験秘話その1: いろいろあるのだが、よく覚えているのは最近のこと。 センター入試の自己採点をしてる時である。 英語の採点をしているときは「おおーっ!」とか「やったーっ!」とか声を出していたのだが、 最後の物理の採点を始めると「あれ?」とか「んーっ!」とか変な声に変り、 最後には「。。。」と沈黙した。 どうもやらかしたらしいので、 「何点だった?」と聞くと「大丈夫だって!」とはぐらかす。 もう一度聞きなおして言わせたが、ワタクシも愕然。全科目中、 物理が最低点というのは、ワタクシとしては受け入れ難い。あり得ない。 それも、地理がどうしても点数が取れないから、 ということで秋から始めた現代社会の点数よりも10点以上も低いなんて! 思わず「文転しろ!」と言ったのでした。
今だから明かすR1君の受験秘話その2: 多分センターが終った翌日か翌々日のこと。 朝起きてくると、 「俺、友達と一緒に合格発表を見に行った夢を見た。」と R1 が言う。 さすがの R1 もセンターでの失敗にめげたのか、と思って続きを聞くと。 「なんかさあ、俺だけが合格っててさ、寂しかったなあ。」 「ええっ!?」 ワタクシはあいつのポジティブさには本当に敵わないのであります。
今だから明かすR1君の受験秘話その3: 前期日程の試験のため、前日に R1 は飛行機で移動。妻が空港まで送りに行く。 妻と R1 はタクシーに乗り、空港で降りるが、 運転手はぜんぜん千円札を持っていないと言って、 釣り銭を全部100円玉で返してきた。運転手はそのことに気を取られ、 二人が降りるとすぐに後ろのトランクに載せた荷物を降ろすのを忘れたまま走り出した。 妻はあわてて追いかけ、声を掛けるが運転手は気づかない。 タクシーはどんどん遠ざかる。呆然とする妻が振り返ると、 R1 はなぜかケータイで誰かに電話し、事情を説明している。 一体どこに電話しているのか。 実は R1 はタクシーの中に書いてあった配車センターの電話番号を覚えてしまっていて、 そこに連絡していたのだった。運転手の名前もフルネームで覚えていたらしい。 5分と待たずにタクシーは戻って来、運転手は謝るが、 妻は憤然として文句を言い始める。しかし、 R1 は「もういいじゃない、悪気があった訳じゃないんだから。」と言う。 R1 にそう言われては妻も怒ることも出来ない。 そんなクールな R1 を今まで見たことないぜ。
今だから明かすR1君の受験秘話その4: 高校も卒業式が近づき、図書館報が来た。 ワタクシは実はこれを恐れていたのだ。 3年生で貸出冊数が一番多いのはR1に違いない。それは判っていたことだ。 みんな勉強で忙しいんだよ。 受験生にあるまじき読書量のあいつに敵うものがいるとは思えない。 しかし、全校一位にだけはなってくれるな、 それはいくらなんでも恥かしいじゃないか。 しかし、ワタクシのこの恐れは現実のものとなり、 4月から11月末までの貸出冊数216冊で一位になっていた。 8ヶ月で216冊というのは、月に27冊だ。 あいつは他にも自分で本を買っていたし、友達からも借りていた。 ケータイ小説も読んでいたぞ。 何でそんなことが物理的にも倫理的にも可能なのか、 ワタクシには理解できないのであります。

いやはや、いつから更新していないのか分からないくらい久しぶり。 最近は色々あって、あまり本も読んでいない。少し前に、 「西洋古典学辞典」 (松原國師著、京都大学学術出版会) を購入して、 夜とかに暫し時を忘れて読み耽ることはあっても、 本を読むのは昨年に 「数の大航海 対数の誕生と広がり」 (志賀浩二著 日本評論社) を読んで以来、 「青空文庫」の岡本綺堂の半七捕物帳を iPhone で読む以外はなかった。 先日、たまたま図書館にあった 「マニ教」 (青木健著、講談社選書メチエ) を手にとり読んでみたが、これがとても面白かった。 私はマーニー教(こっちの方が原音に近いらしい)についてあまり知らなかったのだが、 マーニー・ハイイェーを教祖とする二元論的世界観を持つ宗教で、 3世紀に生れ、生れ故郷の西アジアだけでなく、 ヨーロッパや中国にまで広まった「第4の世界宗教」で、今は消滅したが、 16世紀ごろまで中国での活動が確認されている。 教祖マーニーは一種の天才で、独自のペシミスティックな神話を「創作」し、 完全な聖典のセットを著作し、また、絵画芸術にも非凡な才能を発揮した。 教義からすると、 グノーシス主義やゾロアスター教から影響を受けたように見えるが、 実際はエルカサイ教団というユダヤ・キリスト教系の新興教団が出自で、 マーニーはそれらから換骨奪胎して複雑な教義を作り上げたのだ。 マーニー教はゾロアスター教にとってもキリスト教にとっても異端思想で、 各地で迫害を受けた。確かに、同じ神が現れる神話でも役割が異なり、 「正統」側からするとイライラさせられる存在だったろう。 マーニー教についての研究は、 20世紀半ばにケルン・マーニー・コーデックスが発見されてから大きく展開し、 現在もこれからも劇的な発見があるかも知れない非常に新しい研究分野と感じた。 この本はマーニー教の研究史、マーニーの伝記、教義、 布教についてバランスよく、わかりやすく書かれた良書だ。 この宇宙が悪魔たちの牢獄として作られ、 人間は光の要素を閉じ込めておくために悪魔たちによって作られたとする、 ひどく絶望的な世界観が、多くの人を魅了したことはとても興味深い。 昔から興味があるグノーシス主義についても、また読みたくなった。

最近のワタクシのささやかな楽しみは、 Internet Archive で著作権の切れた古い本を探索することである。 特に、19世紀末から20世紀初めのラテン語の教科書をダウンロードして、 まだラテン語教育が生き残っていた時代を感じて楽しんでいる。 そんな中で、たまたま、 コメニウスの Orbis Sensualium Pictus という本に出会った。私は知らなかったのだが、 コメニウス(J. A. Comenius, 1592-1670)というのは、 教育史上忘れられない業績を持つ有名人で、 彼こそが同一年齢・同時入学・同一学年・同一内容・同時卒業の学校制度を、 構想した人物である。Orbis Sensualium Pictus は世界で初めての子供のための絵本であり、図鑑である。 (「世界図絵」というタイトルで平凡社ライブラリーに井ノ口淳三による翻訳がある。)
彼は宗教人でもある。チェコのモラヴィア出身の彼は、 若いころ30年戦争に巻き込まれ、追放され、また妻子を失った。 彼は人類に絶望するが、次世代を担う青少年にのみ希望を見出す。彼らのみが、 神の御心に適うものであり、 彼らに学びつつ、彼らを正しく教育することが人類の救済の希望である。
コメニウスの教育学上の主著である Didactica Magna (「大教授学」 鈴木秀勇訳、明治図書)は非常におもしろい。彼はまず、 人間の究極の目的は、現世の外にある、というところから始める。 現世は、永遠の命への準備である。そして、教育はそのためにある。 これほどすっぱりと現世の価値を否定し、 同時に教育の価値を論じることができるのだから不思議なものだ。 彼によれば、教育すべきことは3つある。学識と徳行と敬神である。また、 富めると貧しいとを問わず、男女を問わず、能力の高低を問わず、 あらゆる青少年が教育されるべき対象となる。これもまた、 彼の教育の目的が永遠の命への準備であることから自明に導かれる事柄である。 また、教えられるべき内容は、普遍的なものであるべきことが述べられている。
さらに興味深いのは、彼の教育の「方法」である。 それは、彼の認識論に基づいた、経験主義的な実践的な方法論となっている。 彼は事物を優先し、感覚を重視する。生徒に強要するべきでなく、楽しく、 平易に、わずかな労力で敏速に成果をあげる方法を、 自然から学ぶことによって提案する。 彼が理想とするのは、印刷術のように、 人間を作り上げる自動機械としての教育システムである。 そのために教える順序と内容、つまりカリキュラムを整備する必要を強調する。
彼の出発点は、少なくとも私にとってはまるで意味をなさないが、 そこからコメニウスが導き出した教育に関する考えや方法は、 現在でも参考になる点が多い。 単なる教育学者という枠を超えた、もっと大きな存在である。 今まで何も知らなかった私が言うのも変だが、 もっと知られてよい人だろう。

数ヶ月前に自動車での通勤を止めてから、 読書の時間が飛躍的に増大した。 通勤時間は自動車のときに比べて長くなったのだが、あまり苦痛でない。 もうずいぶん前になるが、以前から読みたいと思っていたオウィディウスの 「悲しみの歌・黒海からの手紙」(西洋古典叢書、 木村建治訳)も読んだ。オウィデゥスは今からちょうど2000年前、 アウグストゥスの綱紀粛正のためのスケープゴートとして、 トミスという黒海のほとりの町に流されたのである。この本は、 トミスへ向かう途上から始まり、 アウグストゥスに許されてローマに帰ることを願いながら、 妻に、友人に送った書簡詩である。
ウェルギウスは既になく、ホラーティウスも去りつつあったとき、 オウィディウスはまさにローマ最大の詩人であった。 それが突然、ラテン語を解さない蛮族に囲まれ、 生命の危険を感じつつ晩年を孤独に送ることを余儀なくされたのだ。 彼のうめき声が聞こえてくるかのようだ。
アウグストゥスに媚び諂い、 友人に援助を哀願する手紙が延々と続くのを読むのは正直結構きつい。 しかし、 天性の詩人オウィディウスの「変身物語」とも「アルス・アマトリア」とも違う一面が、 書簡詩というまた違ったジャンルで発揮されるのを読むのは、 それなりに興味のあることである。彼はまさに、 これらの詩を書くことによって生きることができたのだろう。
思えばオウィディウスはなかなか多作な作家であり、 そのほとんどが2000年生き延び、読み継がれてきたことは、 驚くべきことである。「悲しみの歌」も「黒海からの手紙」も、 単に阿諛追従の文学としてのみ読まれてきたわけではないということだろう。 これほど個人的な生活を題材にし、感情を吐露した作品は古典文学では少ない。 それもまた、この作品の魅力の一つだろう。
結局、彼はローマに帰れないまま、トミスで没した。 今この町はコンスタンツァと呼ばれ、 オウィディウスの像が立っているのである。

物理教室の FD があって、九大物理の卒業生に来て頂き、 いろいろ話を伺う機会があった。 もともと FD というのは、教員の教育スキルの向上のために行われるものだが、 今回のは半ば就職説明会の様相で、 ワタクシとしては「なんだかなあ」だったのであるが、 結果として大変参考になった。
大学(院)で学んだことを直接使っていることはほとんどない、 ということを彼らは強調しているのだ。 企業に入って行う仕事は、ほとんど大学での勉強・研究とは関係ない。 実際、それに携わる人のほとんどが、もともとはシロウトなのだという。 『大学院で2年くらい○○やったぐらいで専門とかいうな』 と先輩にどやされた話も聞いた。 ここまでワタクシは、「まあ、そんなものかな」と、 ぼーっと聞いていて、その意味が本当は分かっていなかったのである。
それから懇親会になり、 ワタクシはそのうちの一人に『素粒子の理論とかをやっている学生は、 やはりメーカーへの就職はむずかしいのでしょうか』と聞いてみたのである。 というのも、 今まで実験系の先生にそんなふうなことを何度か言われたこともあり、 また学生にも、自分は将来企業で研究をしたいので、 大学院で素粒子論の研究室を選択しなかった、と言われたこともあったので、 素粒子出身では SE とかソフトウェア関係以外は難しいのかな、 という印象を持っていて、 そのことを一度企業の人から直接聞いてみたいと思っていたのである。 で、リクルーターでもあるその方は、 言下に『そんなことはまったくありません』と言った。 これは正直、ワタクシには驚きだったのである。 もともと、(メーカーを)希望してもらっていないのではないか、 というのがその方の感想である。 『素粒子って、優秀な学生が集まるあそこですよね』と。 (私が言ったのではない。) そして、先ほどの講演で皆さんが強調していたことが何を意味するのかが、 ワタクシの鈍い頭にもやっとはっきりと分かってきたのである。 つまり、企業は大学院で何を専攻したかなんかはあまり気にしていない。 それは、 素粒子理論でももちろんオーケー ということを意味する。 「何を」よりもむしろ「どうやって」を気にするのだろう。 どれほど真剣にその研究に取り組んだかの方が、企業にとっては重要なのだ。
では大学(院)で学んだことで、何が一体役に立ったか。 彼らによると、仮説を立てて研究を進め、 それを検証したり分析したりするような科学的な方法論、 徹夜してでもやるときはやること、 論文をまとめて結果を公表することも含めたプレゼン能力など、 非常に一般的な事柄で、 もちろん素粒子理論の研究においても普通に培われる能力だ。
で、結論として、ウワサを信じてはいけない。

R1 の身長は 180cm を軽く超え、 近くで話をする時は見上げなければならないという面白くない状況だ。 さらに家ではろくに勉強していないのに、なぜか成績は悪くないという、 実に面白くない状況である。 親心としては、もっと苦労してもらいたいのだが。

R2 は吹奏楽部に入部し、テナーサックスを吹くことになった。 連日遅くまで部活があり、土日もかなりの割合で出かけて行く。 部活は楽しそうだ。 勉強の方も頑張ってもらいたいのだけど、そっちの方はかなりお留守だ。

R2 も中学一年生となった。時の経つのは速いものである。 R2 は童顔で精神的にも幼いところがあるので、 黒い学生服を着て出かける姿を見ると、なんとなく可笑しくなってしまう。 それでも毎日勉強とか頑張っている様子。 ワタクシも応援しています。

最近岩波書店から復刊した「アナバシス」 (クセノポン著 松平千秋訳)を読んだ。 これは知る人ぞ知る(?)ノンフィクション文学(??)の傑作で、 以前から読みたいと思っていたのだが、 買いそびれているうちに絶版になっていたのだった。 紀元前401年、兄アルタクセルクセス2世の王位を簒奪すべく、 ギリシア傭兵1万数千をつれてバビロンに向かったキュロスであったが、 もう少しで勝利を手にする所で戦死する。ついて来た方は大変だ。 さらに、敵方の策にハマり、指揮官、隊長の多数を逮捕・処刑・斬殺され、 ギリシア傭兵軍はなす術もなく、破滅の時を待つのみであった。 しかしその時、従軍していた我らがクセノポン (正しくは クセノポーン) は敢然と立ち上がり、 この事態を打破すべく行動を開始する。
2400年以上前のペルシア帝国内部の風俗など、非常に興味深い記述もあるが、 何といっても大軍団を抱え、 兵士の不満と敵との戦いを捌きながら、 逃避行を指揮することになったクセノポンがおもしろい。 論理的で行動力あふれる一面と、 すぐに犠牲式を行い、吉兆が出ないと行動しないとか、 現代ではちょっと理解しがたい非合理的な面とがあって、 それもまたおもしろい。おすすめ。

引き続き SC3 だが、 無線LANは使えても有線LANが使えないのは不便だと思って、 久しぶりにドライバダウンロードのページに行ったら、 新しいドライバが置いてあった。やったぜ。 で、readme どおりに作業すると、 何の苦労もなくインストール出来て、 あっという間にネットに繋がった。こうでなくっちゃねえ。 と、こんなにうまく行くことはあんまりないんだけど。

以前から興味のあった工人舎のミニノート (SC3) を最近購入した。 持ち歩くのに抵抗のないサイズと重量が魅力だが、 如何せん Windows Vista はこのスペックでは重すぎ、 非常にイライラする。ただでさえ、Windows を使いたくないのに。 というわけで、Linux 化することを考えていた。 希望としては USB フラッシュメモリに Linux を入れておいて、 サクッと立ち上げ、本体の Windows はいじらない、 というのをしたかったのだが、まあ、 立ち上がることは立ち上がるのだけど、 LAN を自動認識してくれない状況ではなかなか辛いものがある。 それでも無線 LAN ドライバは Ubuntu 8.10 上でコンパイル出来たので、 ちょっとの間使っていたのだけど、 Ubuntu Tips に USB フラッシュメモリはあんまりアップデートするなとか書かれており、 さらには立ち上がるのが意外に遅いという問題もあった。 そこで、やはり Windows をいじらないで dual boot にできる Wubi なるものを使って HD に入れてやろうと思い立った。 調べた限りでは Wubi はお手軽だが、どの程度使えるのか不明、という感じ。 しかし、実際に導入してみるとえらく簡単で、 使った感じもそれほどひどくない。 しばらくこれでやってみて、まだ不満なら普通の dual boot にしよう。

今年のオーバーナイトハイク(50キロ)と100キロメートルハイクが終わった。 R1、R2 ともにオーバーナイトハイクは完歩。 R1 は完歩した日に将棋の試合があるとかで、 1時間ほど寝た後で足を引きずって出かけて行った。 実は昨年の100キロメートルハイクをリタイアした R1 は、 その後ずっと「絶対やらない」と言い続けてきた。 R1 によると、50キロと100キロは「次元が違う」ということだ。 それでも最終的に参加することを決意し、 100キロメートルハイクも見事に完歩したのは素晴らしいと思います。 足の裏に直径3cmくらいの水脹れを作り、足を引きずりながらのゴールだった。 翌日の月曜日、学校サボったのは大目に見てやるよ。

Ubuntu の標準ブラウザは firefox 3 である。ちょっと気になって、 最近のブラウザのシェアを調べてみて、大いに驚いた。 Net Applications という所の調査によると、 firefox の 2007年7月におけるシェアは 14.45% であったのが、 1年後の 2008年7月には 19.22% になっている。 1年間でシェアが 5% も増大するというのは凄い。 かつて「第一次ブラウザ戦争」で、 マイクロソフトは当時(1996年) 90% 以上のシェアを持っていた(っていうか、 他にあまり選択肢がなかった) Netscape Navigator からそのシェアの大半を奪い、2002 〜 2004年には IE のシェアは 90% を越えていた。 それが現在は 73.02% にまで落ち込んでいる。 (統計は調査の仕方によってかなり大きなぶれを見せている。 firefox のシェアを 30% 近くに、あるいは 40% 以上に評価する所もある。) この期間にマイクロソフトも IE7 の投入 (英語版は 2006年11月1日から自動更新により配布) を行っているのだが、firefox の勢いには勝てないというところだろう。 マイクロソフトは 2008年3月にベータ版を発表したIE8 のベータ2を、 2008年8月に発表する予定らしい。firefox 3 がかなり良い (JavaScript 関連が特に良い。 Acid2合格、 Acid3も合格。) ので、IE8 があっと驚くような良さを見せない限り、 シェアを firefox に持って行かれるだろう。 (ベータでのベンチマークの結果を見ると、firefox の方が格段に良い。 ベンチマークを見て分かるもう一つの事は、IE7 はひどすぎたということ。) これから「第二次ブラウザ戦争」がどうなるか楽しみだ。

最近、家のパソコンを新しくした。 今まで使っていたのはひきだしから見つけた注文書からみると、 およそ7年前のものである。メモリを買い足したり、 壊れたハードディスクを買い換えたりとごまかしごまかしよく使ってきたものだ。 で、またもや BTO のパソコンを注文し、今まで長く使い続けてきた Vine Linux とも別れを告げて、Ubuntu をインストールした。 以前、他のディストリビューションに乗り換えようとして、 随分苦労した覚えがある(それだけ Vine は良かった)ので、 かなり覚悟していたのだが、 Ubuntu には非常にスムーズに移行できて快適である。

Google Trends というサービスがある。 ある単語が Google でどれだけ検索されているかをグラフで見ることができる。 全世界で、あるいは国を指定して検索できるので、いろいろ面白い。 これを使ったのは、最近の Linux distribution の傾向を知りたかったからだ。 現在、世界的に Ubuntu が非常に注目されていることが分かる。 この傾向は2年以上前から顕著になっている。 しかし、日本に限定して検索すると、確かに最近一番注目されているが、 頭ひとつ出たのはここ1年弱のことだ。Fedora がまだしぶとい。 アメリカでも既に2年ほど前から Ubuntu が圧倒的である。 SUSE のお膝元のドイツでも、随分前から Ubuntu が SUSE を抑えている。 日本と似たように混戦模様なのがインドである。 それでも Ubuntu が一番である。 Linux の世界では、Ubuntu がほぼ「世界制覇」した形だ。 (北朝鮮のデータはとれませんでした。あたりまえかな。) しかし、Vista と比べると、全世界でも Ubuntu は Vista 1.00 に対して 0.32 程度、日本に至っては 0.15 程度である。(All years の数字。) Windows の天下はまだしばらく揺るぎそうもない。 しかし、日本の 0.15 というのは極端に低い数字だ。 アメリカでさえ 0.24 である。(フランスは 0.50、チェコとイタリアは 0.54、 韓国は 0.58、スペインは 0.60、スウェーデンは 0.62、インドネシアと ノルウェーは 0.66 である。こう見ると、ヨーロッパではかなり高い。 フィンランドではなんと 1.04 とほぼ拮抗している。) あと1、2年して、これがどう変っているかが楽しみである。

昨日、R2が高熱を発した。暑い中、午前中外に出ていたので、 熱中症になったのかと思い、首筋などを冷やしていたが、一向に良くならない。 だるそうである。風邪なのかも知れないなどと思ったりもしたが、 顔を良く見てみると水疱がいくつか見える。「こりゃ風邪じゃない。 水疱瘡だ。」それから、翌朝病院に連れていくか、 救急センター(休日なので)を検討。 結局、百道浜にある福岡市急患診療センターに連れていく。夜の9時である。 恐ろしく混んでいる。 受付手続きをして小児科の窓口に行くと「現在2時間半待ち」の表示。 周りには具合いの悪そうな子どもを抱えた人がひしめいている。 休日診療をしているところは他にもあるが、すべて午後4時半まで。 夜間はここしかない。
そもそも、R2は今まで何度も友だちが水疱瘡になったとき、 一緒に遊ばせて感染させようとしたが感染らなかったという経歴の持ち主で、 結局、予防接種もしないままにしていた。 水疱瘡だからといって大騒ぎすることはなかったのだが、 妻がネットで感染初期に抗ウイルス剤を投与すると発熱と発疹が抑えられる、 治りも早い、という情報を見つけ、それならばということで、 夜の救急センターに急いだ次第。
結局、診察を受けたのは12時を回ってからだった。 医師に抗ウイルス剤の話をすると、 特に理由がなければかゆみ止めだけでよい、という感じ。 救急センターであることもあり、 薬は2日分しか出せない。 (ということはまた別の医者に行って診てもらう必要がある。 水疱瘡は感染力が強いので、あまり外出させるべきではない。) などなど、いろいろ考慮した結果、 例の白いどろっとしたかゆみ止め (カチリ(フェノール亜鉛華リニメント)というらしい) と解熱剤をもらって帰ってきた。家に帰りついたのは1時過ぎ。 帰宅直前に車の中でR2が嘔吐するというおまけつきで、散々な夜であった。

ここんところ、漢文関係の本をだらだら読んでいる。 高校時代、漢文なんてろくに勉強しなかったので、かなり新鮮である。 漢文は日本文学の中でも重要な位置を占めていると思うのだが、 日本文学史的には非常に扱いが小さいように思う。 日本では、伝統的に教養ある人は漢文で書くのが default であった。 そういう意味で、ヨーロッパにおけるラテン語と良く似ている。 明治あたりまで保たれていた漢文に対する教養が、 現在ではほとんど失われてしまったのは寂しい。

原田家的には昨年度最大のイベントであったR1君の入試は、 無事志望校合格ということで決着した。まあ、めでたしめでたしである。
以前からすごいと思っているのは、福岡県の公立高校の定員が、 中学校卒業生数に対して極めて少ないことである。18年度の数字を見ると、 中学校卒業生数に対する県立高校の募集定員は 66.8% である。これは農業科、 商業科、工業科など、あらゆるものを入れた数字で、普通科に限れば 46.4% にすぎない。大雑把に言って、クラスの半分は県立高校には行かない、 行けないということである。 これはかなりすごい数字だと思うのだが。

図書館から「エリザベス朝演劇集」 (小津次郎・小田島雄志編 筑摩書房)を借りて、その中にあった クリストファ・マーロウの「フォースタス博士の悲劇」(平井正穂訳)を読んだ。 いわゆるファウスト伝説に基づく劇である。 マーロウはシェイクスピアと同じ年の生まれ。こいつが結構面白い奴で、 貧しい靴屋の子として生まれながら、 奨学金を得てケンブリッジ大学を卒業するのだが、 学生時代にスパイとして活躍していたという噂があったり、 無神論者だと思われていたり、どうも同性愛者らしかったり、 挙げ句の果てに酒場で喧嘩をして29歳で命を落としてしまうという、 典型的な太く短い人生を送るのだ。 肖像画が残っているが、なかなかいい面構えの洒落者という風情。 マーロウはシェイクスピア以前のエリザベス朝演劇を代表する劇作家のひとりで、 特にブランクヴァースによる力強いセリフを創始(発見?)し、 後にブランクヴァースの達人となるシェイクスピアに多大な影響を与えたのである。 で、この「フォースタス博士」だが、 ゲーテの「ファウスト」とは違ってグレートヒェンもいなければ、 事業の達成に生きがいを感じることもなく、 契約した二十四年間をメフィストフィリスを使っておもしろ楽しく過ごした末に、 永遠の幸福を失ってしまった後悔に苛まれ、 身も心も引き裂かれて死んでしまうのである。 ゲーテの「ファウスト」に比べれば、単純といえば単純だが、 その分、死を目前にして深い後悔に苦しみ絶叫するフォースタス博士の姿が、 なんの救いもないままに実にストレートに浮かんでくるのであります。

R2の夏休みの宿題の作文がベネッセが主催する 作文コンクール に入賞し、 妻とR2と二人で東京まで授賞式に行ってきました。 二人分の航空運賃と賞品の図書カード(5000円分)は全く釣り合いませんが、 まあ、そう何度もあることじゃないし。 それにしても、R2の運の強さには恐ろしいものがあります。

ふと、背比べをしたらR1に負けていた。 中学生のうちに抜かれるとは思わなかった。 R1はうれしそうである。

残念ながら、R1は100キロハイクをリタイアしてしまった。 肉体的な問題よりも、精神的な弱さを露呈してしまったというのが、 私の感想。かなり後悔していたが、終わってしまったことは変えられない。 来年雪辱するしかないですね。

今年度のオーバーナイトハイクは、二人とも完歩でした。 R1は100キロハイクの予行演習として順調に歩き終わり、 2時間ほど寝た後、塾で夕方まで講習を受けました。 初挑戦のR2は、とてもつらい時間帯もあったけれども耐え抜き、 見事完歩してゴールでうどんを2杯平らげるという伝説を作りました。

R1君はこの夏休みに 菊スカウト章 を獲得した。これはボーイスカウトの最高位である。 幼稚園の年長の時からずっと続けてボーイスカウト活動をしてきた総決算でもある。 良く頑張りました。秋からは「ベンチャースカウト」に上進する。 身長も私とほぼ並んだ。

漢詩に興味を持ち始めた、というと唐突に聞こえるかも知れないが、 それなりに理由がある。 (1) 最近ラテン語の詩を読んでいて、わが国の韻文詩に興味を持ち始めた。 これを書いたときには、 故意に(?)漢詩の存在を無視していたのだ、と感じるようになった。 漢詩は確かに中国の詩であるが、日本においても非常に重要な役割を果たした。 「歌]といえば和歌であり、「詩]といえば漢詩であるのは常識である。 それなのに、無知のせいもあって、詩としていわゆる新体詩のことしか頭に置かず、 それゆえ五音・七音からなる韻律のことしか書かなかった。 (2)「狂雲集」が読めなかったことはこの辺に書いた。 読めないのは一休の伝記的事実と、禅文化について無知なせいだ、 と考えていたが、もちろんそればかりではない。一休は詩人であり、 「狂雲集」は詩集なのだ。 五山文学、 さらに広い意味での漢文学という「常識」があってはじめて理解されるものだろう。 (3) 理系なので(?)漢詩については極めてしょぼい知識しか持っていなかったのだが、 近体詩 にある平仄の規則を知るに至って、 漢詩の韻律詩としての形式が分かり始めた。 脚韻すること、対句をなすことぐらいは知っていたと思うのだが、 平仄の正確な規則を私は最近になって初めて知った。 複雑な平仄の規則に従いながら、美しい詩を書くのは実に至難の業である。 それを知って初めて漢詩人の偉大さを理解し始めた。 (4) 漢詩は遠い過去のものではなく、日本において近代に夏目漱石、河上肇という、 すぐれた漢詩人を持ったことを知って、興味を覚えた。かつ、 二人の詩人的天稟はさておき、その天稟を支えた漢文的素養について考えた。
まあ、何かと忙しいので、あまり理解は進まないと思います。

「道頓堀の雨に別れて以来なり 川柳作家・ 岸本水府とその時代 (田辺聖子著 中公文庫)読了。 田辺聖子の本は今までほとんど読んだことがない。少し前に 「武玉川・とくとく清水 -- 古川柳の世界」 (岩波新書)を読んだ。 古川柳にはこの辺で興味を持ったのだが、 近代の川柳については全く無知のままでした。 (「武玉川」は正しくは川柳ではなく、俳諧です。) 岸本水府というのは、近代川柳の大御所であるが、 無知な私はこの本を読むまでそれを知らなかったのである。 しかし、無知は私だけではあるまい。 川柳について皆どれほどのことを知っているだろうか。 川柳大好きおばちゃんである田辺聖子は、 なんとしても川柳の良さを分かってもらいたいという、 強い情熱を持ってこの大作を書き上げた。その熱気が伝わる好著である。 岸本水府だけではない。川柳に情熱を傾ける人々の人生、喜び、苦しみ、 悩み、出会い、別れを、数多くの川柳の名吟とともに書き綴っている。 そしてその時代。大正、昭和、戦争、戦後。人々の暮らしに密着した川柳は、 その時々の人々の感情を切取り、美しく結晶させる。 文庫で3冊ある長い作品だが、川柳の魅力にとらえられたまま読了した。

もうかなり前から左肩が痛い。 しばらく前に医者に行ったら「四十肩」であると診断された。 (「五十肩」と言われなかったのがせめてもの慰み? 違いはわからないけど。)まだしばらくかかる、と言われたが、 まさしく全く良くならない。以前には右肩から腕にかけて痺れがあって、 これにも悩まされたが、いつの間にか直ってしまった。 多分、この「四十肩」もそんなふうに直るのだろうけど、 とにかく今は困ったものだ。 痛くて寝返りも自由にできず、夜中に目が覚めることもある。 年は取りたくないものだ。 何と言っても愚痴っぽくなるのが嫌だね。

新学期である。一年が経つのは速いものだ。 今年度は実にたいへんそうである。新しい講義の準備もあるし、 研究もやらなきゃいけないこと山積みだし、 雑用系もうんざりするほどありそうだ。 結構憂鬱な春である。

「一休」 (水上勉著 中公文庫)読了。 これは「評伝」なんだそうである。 「評伝」を辞書で引くと(人物評をまじえた伝記)とある。
一休というのは「一休さん」の一休宗純のことである。 実はかなり前に 「一休宗純 狂雲集」 (柳田聖山訳 中公クラシックス) を購入し、 読もうと思ったのだが良くわからなくてやめてしまったという経緯がある。 良くわからないのは、 題材となっている一休の伝記的事実と、禅文化、 歴史に私自身全く無知だったということによる。 例えば大灯国師の伝記を知らなければ 「風さん(夕食 を一字にしたような字)水宿、人の記すなし」 と一休が嘆いても何のことかわからないと言った類いだ。 そこでとにかく、一休の周辺のことを知る必要があると思って、 読み易そうな本を探して行き当たったのが水上の「一休」である。 水上勉の本は今まで読んだことはなかったが、名前ぐらいは知っていた。
しかし、この「一休」というのが実にへんてこな本なのである。 なにしろ室町末期の禅僧の話なのだから、史料に乏しいのは仕方ない、 それを想像力で補っていくのは理解できる。しかし、 どこからともなく戯作者清太夫著「一休和尚行実譜」なる珍重本を取り出し、 専門の学者の説もそっちのけでこの「行実譜」の記述にある一休の姿に、 一番「人間一休」を感じるというような話をしていく。 実に怪しげだと思っていたら、案の定、解説の中野孝次を読むと、 「文中の『行実譜』はむろん作者の制作に係るもので、 水上勉はおそらくこれを巻「二十五」 の森侍者と一休との肉体と心の消息を内側から伝えるのを第一の目的として、 作ったのであろう。内容はさまざまな一休伝承をふくんでいようが、 「二十五」の綿々たる女心の世界は、 まさに水上文学のあの秘めやかなる花にほかならない。」とある。 つまり、 「狂雲集」に描かれている盲目の女である森侍者との赤裸々な情愛の記述を 「事実」として色付けするために水上は創作していたのである。 これが文学ならば、ワタクシはそんなものは要らない。 これは想像力というよりも妄想であろう。 そして妄想は評伝ではないだろう。

昨日は節分である。私も妻も関東の出身なので、 恵方巻を食べると言う習慣はないのだが、 最近はどうも全国的に行なわれるようになってきているらしい。 それはそれとして、原田家は4本の太巻きを買い込み、 北北西の方角を見ながら一家4人でもぐもぐ食べた。 喋らずに食べるのが正しいらしいのだが、 私は子どもに「こぼすな」とか「北北西はこっち」とか注意をしていて、 どうも運を逃がしたようである。 妻はさすがに一言も喋らずに食べていた。

ラテン語の初等文法の勉強も一通り終わり、 以前から興味のあったラテン語詩を少しずつ読んでいる。 ラテン語の詩には音節の長短に基づく極めてはっきりとした韻律のルールがある。 これはギリシアの詩から受け継がれたもので、 ホメーロス(それ以前)からの伝統である。そして、 例えば英語の詩には、 やはり同様の(しかし強弱アクセントに基づく)韻律がある。 一方日本語では、韻律はあるにはあるが、 五・七音の音節数にのみに基づく韻律が基本であり、 特に現在では「詩」といっても、韻文詩は少ないので、 散文と区別することが難しい。 しかも、韻文詩は(かつては連歌のような長いものもあったが、) いわゆる短歌、俳諧、俳句のような短いものが主流なのでギリシア、 ローマの長大な詩は想像しがたい。 つまり、日本語では「詩」は韻律からかけ離れてしまっていて、 かつ長い韻文詩は極めて稀だということである。 これはラテン語詩から(だけでなく、英語の詩からも)すると、 全く異常だろう。まず、それが「詩」であるためには、 韻律のルールに従っていることが大前提なのだ。 こういうことが分かってくると、 詩の翻訳というのは、 せいぜい芝居の台本くらいの意味しかないことがいよいよはっきりしてきて、 無理でもなんでも、やはり詩はその原語で読まねばわからない、 という考えに到達した。 ちょっとわかるのが遅かったかしら。

最近は何を調べるのもまずインターネットである。 google に入力して、それらしいのを開けば、大抵の情報は手にはいる。 Wikipediaというのがあって、 検索をすると必ずといって良いほどこのサイトのページが含まれている。 項目によって、(不必要に)詳しかったり、まるで情報が含まれていない、 という不満はあるが、ワタクシは結構便利に使っている。 Wikipedia には各国語のバージョンがある。今日調べたところ、 最も充実しているのは英語版で、項目数は159万を越えている。 日本語版は31万強で現在第5位だ。まあ、項目数だけでなく、 記事の内容面での充実度も英語版には大きく水をあけられていると思う。 面白いのはラテン語版 が1万1千項目を越え、現在55位にあることだ。 「死語」と簡単には片付けられない、ラテン語の重要性の一端でしょうか。

「神、この人間的なもの -- 宗教をめぐる精神科医の対話 -- (なだいなだ著 岩波新書)読了。すこし前に 「アルコール問答」(岩波新書)という、 アルコール中毒の本を読んだ。(なだいなだはアルコール中毒の専門家である。) 遥か昔、 「片目の哲学」なんてのも読んだはずだが、 内容はすっかり忘れた。
この本は精神科医の観点から、精神史を切り捌いたものだ、と言える。 特に、宗教と(様々な)狂気の問題が取り上げられる。 突然訪ねてきた旧友との対話と言う形で話が進む。 イエス、ブッダ、ムハンマドはいずれも集団精神療法家であった、 という話から、彼らの試みが結局は後退してしまったこと、 国家も宗教、科学も宗教、民族も宗教、ついでに精神医療も宗教だ、 ということが語られる。
まあ、大風呂敷ではあるが、私には違和感がなかった。 大昔にユンクとか読んでいたとき、 宗教が精神医療に果してきた役割には気付いていたので。

先日、 ボーイスカウトのオーバーナイトハイクが行なわれた。 オーバーナイトハイクというのは、ボーイ隊は50km、 カブ隊の熊スカウトは30kmの距離を夜通し歩くというイベントである。 R1は30kmも、50kmは3回も既に完歩しているが、 熊スカウトのR2は今年30kmに初挑戦であった。R1は今回は班長として、 班員のペースを見ながら全員完歩させるという役割がある。
このオーバーナイトハイクは、指導者の人も、保護者も、 一晩中ほぼ徹夜状態で対応するという、大変なイベントであるが、 それだけの意義のある、重要な「通過儀礼」の役割を果たしている。 特に小学4年生が夜8時から朝の4時頃まで、30kmをひたすら歩き続ける、 というのはなかなか辛いものだ。はじめは元気いっぱいだったR2も、 最後は足が痛くなって歩けなくなり、何度も座り込んだそうである。 それでも、一緒に歩いている仲間に励まされ、 指導者や保護者の人たちの眼差しに見守られながら、 完歩することができた。この、 大変だったが成し遂げた、 という経験は子どもの精神を格段に発達させ、大きな自信を生み出す。
R1は班員全員を完歩させ、班長としての役割を全うした。 二人ともよくやったと思います。
で、来年はR1はベンチャー隊になり100km、 R2はボーイ隊になり50kmにグレードアップする。 100kmは想像するだけで恐ろしい距離だ。 先輩には6年連続100km完歩を成し遂げたという「鉄人」もいる。 来年が楽しみだ。

先日、妻はR2を連れて 子ども劇場 の落語を見に行った。R2は「芸人殺し」である。つまり、 ちょっとしたことにもゲラゲラと大ウケしてしまうのである。 以前、やはり子ども劇場で落語があったとき、私が連れていったのだが、 あまりに受けすぎて、 周りの人に迷惑にならないように押さえ付けなければならなかったほどだ。 で、今回もバカウケで、ずっと笑い通しだったのだが、突然、 笑うのをやめたと思ったら、パンツの中に手を入れたそうである。 妻が「大丈夫?」と聞いたら、「だいじょうぶ」と答えたそうだが、 妻も私も、ちょっとヤバかったのではと疑っている。 R2くん、笑い過ぎは体に毒だよ。
妻によると、始終バカウケだったR2は、 多分高座からも注目されていたのではないか、ということだった。 (席も近かったらしい。) 突然笑いが止った「芸人殺し」が股間を確かめている姿を高座から見たら、 さすがの噺家もひやっとしたのではないだろうか。

R1の今年の夏休みは充実していました。ボーイスカウトの 第14回日本ジャンボリー に参加したし、また剣道の昇級審査で初段に合格した。 これは立派だと私も思っています。が、問題はその後の過ごし方だ。 結局、残りの夏休みをだらだらと過ごし (R1にとっては大変充実した過ごし方だ)、 最後に宿題の山をいい加減に終わらせて、妻の胃壁を傷だらけにした。 夏休み直後の実力テストにも、余裕(つまり、何もしない)で対応。 あの自信過剰はどこから来るのか小心者の父には理解できません。 まあ、結果が楽しみだね。

「多情多恨」 (尾崎紅葉著 岩波文庫)読了。 しばらく前に「金色夜叉」を読みました。尾崎紅葉はそれ以来です。 実はこの半年ほど、ギリシャ・ローマ関係の本を読んでいました。 「イリアス」 (ホメロス著 松平千秋訳 岩波文庫) も初めて読みましたし、以前から読んでみたかった 「クオ・ワディス」 (シェンキェーヴィチ著 木村彰一訳 岩波文庫)も読みました。 これらについてもいろいろ言いたいことはありますが、 黙っときましょう。
で、「多情多恨」である。これが思いっ切りしょうもない話であった。 主人公の鷲見柳之助は最愛の妻のお類を失ってから、鬱々として暮す。 いつまでもお類のことを思い返しては涙にくれ、何も手につかない。 柳之助の兄貴分である葉山誠哉は見るに見かねて、所帯をたたみ、 自分のところに来て暮らすように勧める。 柳之助にとってはお類の里の母親が、 妹を後に据えようとしていることも煩わしく、願ってもないことであるが、 実は葉山の妻のお種のことが顔を見るのも疎ましいほど嫌いだという問題があった。 が、葉山の勧めもあり、同居するようになるが、 そのうちお種に対して好感情を抱くにいたり、反って葉山の父親の心配を買い、 近くの高級下宿に引っ越すという筋である。
この柳之助のしょーも無さ加減は尋常ではない。世間ずれしていない、 純情一途な男として描こうとしているのだが、当時の読者はどうか知らんが、 少なくとも私には我慢ができないバカである。最愛の妻を失って、 いつまでも嘆き悲しむのはまだいい。しかし、 引っ越しの算段一つ出来ずにすべて葉山に任せ切りでいたり、 いくらその気はなくても、 葉山の留守にお種の寝間に夜中入っていくというのは非常識すぎる。 (それで大学の先生をしている、というのも、ワタクシ的には面白くない。) 解説の丸谷才一は、紅葉が「源氏物語」に学び、 特に桐壷帝の嘆きを写したのだとする。確かにそれはあるだろうが、 桐壷を明治にやって何が面白いのか。それに当時は「源氏物語」自体、 読む人が少なかったと言っているのだから、 「本歌取り」的な楽しみもないのだ。
で、結論としては、紅葉は「喜劇」を書きたかったのだというところに落ち着いた。 丸谷才一の解説も、「源氏物語」では切りきれないと見てか、 途中から『異質な要素』のすばらしい働きを見逃してはならない、 と述べてこのことに注意する。結局、いろいろ言えばどれか当たるからね。
私としては、万事弁えた葉山の存在に魅力を感じる。バカの弟分の難題を、 見事な手捌きで解決していく、って訳だが、紅葉先生手抜きをして、 この手捌きの見事さをまるで書かないんだよな。その辺の詰めの甘さもあって、 駄作、と断定させて頂きます。

私は常々妻に「R2が年頃になったら、 きっと自慢で自慢でしょうがないほどカッコよくなるぞ。」と言っていたのですが、 つい最近、R2は一体誰に似ているのだろう、とシゲシゲと顔を見ていたら、 「おでんくん」 に似ていると気付いてしまった。 そして自分の予言に自信を失いつつ、妻にこの「発見」のことを話すと、妻は 私は「だいこん先生」に似ていると言い、自分は「たまごちゃん」だと言う。 残念ながら、私の深い苦悩を妻は共有してはくれないようだ。

ドイツワールドカップで、日本の1次リーグ敗退が決まりました。 残念です。まあ、数回前まで予選で敗退していたのだから、 贅沢を言ってはいけないのかも知れませんが、残念です。 私はワールドカップは「文化的な」戦争だと思っているので、 勝ち進めば単純に嬉しいし、負ければ悲しいです。 セネカの言葉に Nemo patriam quia magna est amat, sed quia sua. というのがあります。「誰も偉大だから祖国を愛するのではなく、 自分のもの(国)だから愛するのである。」という意味です。 日本のサッカーが弱いから応援しないと言うようなことを言うヤツがいるが、 そういうのは分かっていないんじゃないか、と私は思っています。

もうずいぶん前からホームページを作り直さなければと思いつつ、 やる気のないまま過ごしてきましたが、 なぜか数日前に突然やる気になって、作りました。 作り「直す」じゃなくて、もうゼロから作りましたね。

「陰陽師」 (岡野玲子作 白泉社)が13巻をもって完結しました。 13年にわたりこの作品を作り、完成させた岡野玲子に心からおめでとうと言いたい。 この作品は日本のマンガの歴史に残るすばらしいものだと思う。 この仕事に長期間没頭できた岡野は、大変幸運である。実に羨ましい。 「陰陽師」では、既に2001年度の手塚治虫文化賞を受賞しているが、 完結によって、また賞を受賞するだろう。

いやはや。久しぶりに大酒をくらい、醜態を演じてしまいました。 で、翌朝あやうく「反省」するところでしたが、むしろ 本来の自分 に帰っただけだと気が付きまして、「反省」しないで済みました。 しばらくお酒を飲んでいないと、 何か自分がクールでクレバーな人間のように錯覚しがちでいけませんね。

千石先生の動物ウォッチング」 (千石正一著 岩波ジュニア選書) 読了。 千石先生は良くテレビにも出演されているので有名。 この本は、元々いろいろなところに書いた記事を集めたものだが、 どれもわかりやすく、楽しんで読める。豊富なカラー写真が魅力だ。 この岩波ジュニア選書というシリーズは、 たぶん高校生がメインターゲットだとおもうが、 「大人」も十分楽しめる内容だ。 それにしても、世の中には変った動物がいるものだ。

大昔、ラテン語の勉強をしたことがあった。 無駄なことをしたがるのは、昔からの癖で、未だになおらない。 半年ほど前、「ラテン語 ML」の存在を知って、 実は密かにラテン語の勉強を再開した。いやあ、全く忘れてますね。 感動したのは、昔勉強したときと、今との環境の差だ。 昔は洋書を買うのも大変で、元々高かったし、紀伊國屋とか、 神田の古本屋街に行かないとなかなか買えなかった。 (どんな本かわからずに注文する勇気はなかったし、それに船便だったしね。) 今は amazon.co.jp でクリックして、1週間ぐらいで手元に届くもんね。 さらに、インターネットでいろいろな情報を集められるのもすごい。 上述の「ML」だって、すごい分量のメールが流れて、 いろいろな人がラテン語勉強しているのがわかって刺激になる。 さらにすごいのはネット上のテキストだ。 The Latin Library ではキケローとか、ウェルギリウス、オウィディウスのような定番だけでなく、 キリスト教関係とか、中世のものとか、 デカルトやスピノザなんてのも置いてあって、そそられます。 The Perseus Digital Library なんかすごくて、特に現在テスト中の version 4.0 は感動ものだ。 例えばカエサルの「ガリア戦記」のラテン語を読みながら、 英語の訳を参照でき、さらに単語をクリックすると、 その単語の使用頻度統計が示され、 Lewis & Short の辞書を引くことができる。さらには Greenough, D'Oodge, and Daniell の注釈も参照できてしまう。もう最高。 あんまり世の中が良くなったと思うことは無いのだけれど、 これは明らかに良くなっています。 Perseus Project とか見てると、インターネット文化が成熟しつつあるな、 という感じをうける。これだけのものをつくるのは大変だが、 それによって利益を受ける人は非常に多い。 残念ながら日本ではこうした取り組みが極めて遅れているという印象を持つ。 たとえば日本が誇る「源氏物語」については 源氏物語の世界 のようなものが個人レベルで作られているが、Perseus Project と比べるとおもいっきり見劣りする。 (これを作られた方の努力には敬意を表しています。)

「ひらひら」亡き後、 どこかのお祭りか何かの金魚すくいで一匹もらってきた金魚を、 R2は「すいすい」という名前をつけて育てている。 どうせ長くはないだろう、というこちらの見通しをおもいっきり裏切り、 とても大きくなった。はっきり言って、かなり太っている、 という感じだ。妻は気持ち悪がっている。 ワタクシは「すいすい」のことを密かに「ぶくぶく」と呼んでいる。

R2はこの秋にビーバースカウトからカブスカウトに上進し、 R1は2度目の50キロオーバーナイトハイクを完歩した。 立派なものだよ。

R2の「ひらひら」は、その後数奇な運命をたどった。知らなかったのだが、 ハゼは淡水でも生きていられるらしい、ということがわかり、 丁度水も汚れていたので、清浄水に入れ替えて飼っていた。 さらにやはり翌週のビーバースカウトの活動で「田植え」をしたR2は、 田んぼにいたおたまじゃくしを数匹捕まえて飼いたいと主張。 おたまじゃくしを飼うことは以前からの希望なので、まあ、 仕方ないということで、小さな安物の水槽を買って、 それに入れて飼うことになった。そこであろうことか、 どうせ淡水にしても小さな瓶の中ではかわいそうだし、 大きな水槽に移したら、ということになり、 われらが「ひらひら」はおたまじゃくしと同居することになった。 旺盛な食欲を見せるおたまじゃくしとは対照的に、 あまり元気のない「ひらひら」だったが、その後しばらく生き続け、 先日、ついに他界した。R2はまさしく号泣したそうだ。 「ひらひら」は公務員住宅(あ、 俺「こうむいん」じゃなくなったんだよね、そういえば)の庭にある、 大きな木の根下に永眠することになった。 「ひらひら」の話をすると涙ぐむR2に、私は(自信はなかったのだが) 『「ひらひら」は幸せだったと思うよ。』と言ってやった。 R2はうなずく。
R2はかなり頻繁に墓参りをしているらしい。妻に 『R2くんが死んだら、R2くんのお墓の隣に「ひらひら」のお墓を作ってね。』 と言ったそうだ。妻が何と答えたか聞き忘れたが、 おとうさんはちょっと約束できないぞ。

先日ビーバースカウトの活動で海辺で遊んだR2は、 ハゼか何かの稚魚をビニール袋に入れてもって帰ってきた。 どうやって飼おうか「命を捨てるわけにもいかないし。」と悩んでいたので、 どうせすぐに弱って死んでしまうだろうと思いながら、 瓶に入れて飼ったら、といってやったら、それ以来、 瓶に入れて玄関に置いて飼っている。意外に長生きで、 まだ元気なようだ。R2は「ひらひら」という名前をつけて可愛がっている。 R2によると「まだ心は通じあっていない」そうだが、 毎朝(私には何にも言わなくても)元気に「ひらひら、おはよう。」 と声をかけている。えさのカツオブシ(?)も忘れずに与えている。 そのうち心が通じ合うかも知れない、と私は恐れている。

「金色夜叉 上、下」(尾崎紅葉著 岩波文庫) 読了。俗ですな。しかし、予想以上に良かった。 紅葉は今はほとんど読まれないのではないか、と思うが、 もっと読まれて良い作家だ。 昨年あたりから続々と岩波文庫で紅葉が出ていた。 熱海の海岸で、ダイヤモンドに目がくらんだお宮を、 貫一が罵り足蹴にし、「今月今夜のこの月を..」 くらいのことしか知らなかったが、 なかなかこれがすごい話で、思わず引き込まれた。 「金色夜叉」の世界は、許嫁(いや、貫一は「女房」と言ってますね) のお宮に裏切られ、お宮を永遠に失ったという、 絶対的な喪失感の上に成立している。 貫一はお宮を赦すこともできなければ、忘れることもできず、 何を思ったか高利貸しになる。これは全く理屈に合わない行動で、 お宮にも、富山(お宮が嫁いだ銀行家の息子) にも「社会」にも何の報復にもなっていない事に注目すべきだ。 おまけに貫一自身、せいせいとして心が晴れるかと思いきや、 むしろアコギな高利貸し稼業が嫌さに体調を崩すくらいなのだ。 何やってんだか。むしろ、 例え鴫沢(貫一を養ってくれたお宮の親)の世話にならずとも、学業を成し、 立派に立身出世して富山に勝って見下すとか、 あるいは同じ悪業に身を汚すのなら お宮を殺めて自害するとか、富山を殺すとか、 あるいはせっかく高利貸しになったのだから、金を使っていろいろ細工をし、 富山銀行をつぶすとか、もっと「理屈にあった」行動はできそうなものだ。 しかし、貫一は全くそんなことはしない。 実はそこが「金色夜叉」の秘密なのだと私は思う。つまり、 「中途半端」という現実感が、この小説を実に魅力的なものにしているのだ。 お宮にしても、「恋愛と結婚は違うしぃ。」みたいな割り切りで、 貫一と別れ、富山と結婚し、望み通り、何不自由のない生活をするのだが、 今度はもともと好きでもなかった富山が「うざったく」なって、 貫一のことが恋しくて堪らなくなる。実に中途半端だ。 紅葉は、この中途半端の現実というものを、 よくよく理解していた作家なのではないか、というのが、 私の勝手な思い込みだ。しかし、紅葉の描く鴫沢のジジイや、 貫一の高利貸し業の親方である鰐淵の説得力(?)は、現実というものが、 簡単には割りきれない、難しいものであるという、 紅葉の認識を表しているのではないか、と思える。 この作品が絶筆となったのは、実に残念だ。貫一は狭山とお静を「救済」し、 間接的に富山に意趣返しをして、ビールを飲んで笑っているが、 貫一に読んでもらえるかどうかもわからぬ悔恨の手紙を綿々と綴りながら、 息も絶えなんとしているお宮の対比で終わっているのは、 さすがに可愛そうだ。貫一には救いがあるが、お宮にはそれが見えない。
それにしても杉本秀太郎(仏文学者らしい)の解説は呆れたね。 実は富山に嫁ぐお宮には、胸中に、「未婚の娘よりも既婚婦人の立場のほうに、 遥かに自由があるという直感にもとづく計画」があったと「深読み」する。 富山の資産に目がくらんでいる母親を一旦婚姻によってなだめておいて、 その後貫一と密会もしよう、駆け落ちでもしよう。 しかし、貫一はその計画に気づかない。 「新時代の見事なうつけ者」だと断じる。 この手の「深読み」の末、「ヨーロッパの同時代にマラルメ、ヴェルレーヌ、 ラフォルグ、スウィンバーン、 ワイルドの咲かせた悪の花々を優に圧している。」と誉める。 誉められた紅葉が可哀想だね。 仏文学では「深読み」かも知れないが、 日本文学では「的外れ」とか[勘違い」 と言うんじゃないかと思うのは私だけではないだろう。

最近、R1は将棋が強くなって、元々ヘボの私は、 情けない話だがだんだん勝てなくなってきている。 いつかは子供達に抜かれる(負ける)こともある、と思ってはいたが、 意外に早いのでちょっと(かなり)くやしい。

以前はこのページを見てくださる人も何人かいらして、 直接そう言って頂いたこともあったのですが、 ずうっと更新をしないままに過ごしたので、もう誰も見なくなっているだろう。 いろいろ忙しくて、何か書く気が起きなかったのよね。 ということで、誰も見ていないうちに、密かに再開しよう。